大阪地方裁判所 昭和24年(行)23号 判決
原告 西川伊三郎 外一一二名
被告 大阪府知事
一、主 文
被告が別紙第一乃至第三目録記載の農地につき昭和二十三年十二月二十八日附大阪府告示第九百三十五号によつてなした五年間売渡を保留する旨の指定はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因としてつぎの通り述べた。
「別紙第一乃至第三目録記載の農地は政府が自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)の規定に基きその所有者より買収した土地である。原告等は右農地につきその耕作者としてそれぞれ買受の申出をなしたところ、大阪市東淀川区農地委員会は原告等を売渡の相手方として(一)別紙第一目録記載の農地につき、昭和二十三年九月十八日、売渡の時期を同年三月二日および七月二日とする売渡計画を樹立し、同月二十日から十日間これを公告し、(二)別紙第二目録記載の農地につき、同年十月十八日、売渡の時期を同年三月二日、七月二日および十月二日とする売渡計画を樹立し、翌十九日から十日間これを公告し、(三)別紙第三目録記載の農地につき、同年十一月五日、売渡の時期を同年三月二日、七月二日および十月二日とする売渡計画を樹立し、同月十二日から十日間これを公告した。そして大阪府農地委員会は右(一)の売渡計画を同年九月三十日、(二)の売渡計画を同年十月三十日、(三)の売渡計画を同年十一月三十日いずれも承認したので、右各売渡計画はこゝに確定した。
ところが、被告は昭和二十三年十二月二十八日附大阪府公報において大阪府告示第九三五号を以て自創法施行規則第七条の二の三の規定に基き売渡を五年間保留する農地として別紙第一乃至第三目録記載の農地を含む地域を指定する旨告示した。
しかしながら、右被告のなした売渡保留の指定処分は左記理由により全然無効のものである。
自創法施行規則第七条の二の三の規定は自創法第十六条第一項の規定に違反しているので無効であると解すべきものである。自創法は第十六条第一項において、同法による農地の買収は自作農創設のためになされるものであるから、同法第三条により政府が買収した農地は当然自作農として農業に精進する見込のあるものに売り渡さるべきものとしており、その売渡の手続に関しては、すべての事項を同法で規定することをなさず、必要な規定を命令に委任しているのである。従つて、買収した農地の売渡手続に関しては必要な規定を命令で定めることができるのはいうまでもないが、売渡の延期に関する規定を定めるが如きは委任事項に属せず、これを命令でもつて規定することはできないのである。しかるに、政府は昭和二十三年十月五日附農林省令第九十一号を以て自創法施行規則の一部を改正し、新に第七条の二の三の規定を設け、五年間売渡を保留することができるものと定めた。しかし、この規定は右の理由により法律により委任された範囲外の事項を定めたものであり、その内容は明らかに自創法第十六条第一項の規定に違反しているから法律上位の原則によりその効力は認められない。従つて、この無効な規定に基いてなした前記被告の指定処分は当然無効である。
仮りに自創法施行規則第七条の二の三の規定が有効であるとしても、被告の為した右指定処分は内容が不確定である。すなわち本件指定処分は告示によつてなされたものであるが、指定する農地について単に「大阪市の一部」と表示しただけであつて指定する地域さえも不明でその対象たる農地が特定していないから無効である。
仮りにしからずとするも、右施行規則第七条の二の三の規定に基く売渡保留の指定は売渡計画が確定した後はこれをなすことができないものであるにかかわらず、被告は本件指定を前記のよう大阪府農地委員会が売渡計画を承認し、これが確定した後になしたのであるから無効である。
以上のように、被告が別紙第一乃至第三目録記載の農地につきなした本件売渡保留の指定処分は本来無効のものであるが、行政行為として形式上存在する以上一応は有効なものと推測され実際上有効な行政行為と同様に取扱われる虞があるから、その無効であることを明白にするためこれが取消を求める。」と述べた。
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告等主張の事実中被告のなした売渡保留の指定処分がその指定する農地につき単に「大阪市の一部」と表示したに過ぎないとの点は否認する。その余は総べてこれを認める。
しかし、自創法施行規則第七条の二の三の規定は「ハーデイー氏の覚書」と称せられている連合国総司令部天然資源局農政部農地班長ハーデイー氏が連合国最高司令官より委任された職務事項に関し昭和二十二年十月十五日わが政府あてに発した「市街地またはその近郊の農地買収基準」という覚書に基いてその趣旨を成文化したものである。売渡保留の規定は省令の形式になつているが、それは明らかに連合国最高司令官の指令に基くもので、超憲法的な権力に基いて制定されたものであり、その規定の内容が法律に違反するとしてその効力をうんいすることは許されない。
仮りにそうでないとしても、自創法は売渡に関する事項の総てを同法によつて規定することをせず一部を命令に委任しているのである。そして、同法第十六条第一項は農地の売渡手続に関してのみでなく売渡の一時保留すなわち売渡の延期に関しても必要な規定を命令に委任しているのである。従つて、同法施行規則第七条の二の三は農林省で定められたものであるが、もとよりその委任された範囲内の事項を規定したものであつて、同法第十六条第一項に違反しない。
そして、本件指定は大阪府公報に告示してなしたのであるが、指定地域を明確に表した別紙図面を作成し、右紙上に図面の記載を省略するが大阪市東淀川区農地委員会にこれを備えつけてある旨を附記し、かつその図面を同委員会に備えつけてあるのであるから、原告等主張のような瑕疵はない。
なお、売渡保留の指定の時期を制限した規定はないのであるから売渡が完了するまではこれをなしうるものである。被告は本件農地については原告等に売渡通知書を交付しておらず、従つて売渡は完了していないから、被告が自創法施行規則第七条の二の三の規定に基いて、別に定める基準(昭和二十三年農政第三四六九号農林次官通達)によりなした本件指定は何等違法でない。
よつて、原告等の本訴請求は失当であり棄却されるべきものである」と述べた。
三、理 由
原告等の主張する事項は、被告のなした本件売渡保留処分がその指定する農地を単に「大阪市の一部」と表示してなされたとの点を除き其の余はすべて被告のみとめるところである。
そこで、本件における主要な争点である自創法施行規則(以下略して規則とよぶ)第七条の二の三の売渡保留の規定およびこれに基く本件売渡保留処分が自創法の規定に違反し無効であるかどうかを判断する。
自創法第一条第三条第十六条の規定を対照すると、同法は政府が一定の農地を買収し、その買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農その他命令で定めるもので自作農として農業に精進する見込のあるものに売渡すことによつて、急速かつ広汎に自作農を創設せんとするものであることは明らかで、政府は一方において農地の買収を励行し、他方において買収した農地を自作農創設のため農業に精進する見込のあるものに速やかに売り渡すべきことが義務づけられていることは勿論である。これに自創法制定のいきさつを考え合せると、同法第十六条第一項の「……命令の定めるところにより……売り渡す」との規定は、農地の売渡手続に関する必要な細則を命令に委任したものと解すべきであつて、農地の売渡を停止せしめるごとき立法をも命令に委任しているものとはとうてい解することはできない。
このことは自創法による農地の買収が短期間に実施せらるべきことが要求せられ、当時買収除外の適否が不確定なため自創法第五条第四号による知事の指定が保留されていたものについてもすべて買収することになり、戦後新たに都市の再建のため各地において企画されていた都市計画との関係で土地の利用の調整をはかる必要が生じたとしても、この事態に対処するためにはいうまでもなく自創法の改正等新たな法律の制定にまつを要するもので、その必要が生じたからといつてほしいままに法の解釈をまげることは許されない。
この点買収した農地の売渡処分の時期については、自創法は明らかに規定するところがないのであるから、その時期の決定は一応処分を行う都道府県知事の裁量にゆだねられ、また自創法第十六条によつて「命令の定めるところ」にゆだねられており、前記規則第七条の二の三はこの裁量権の範囲内のこと、ないし命令に委任された範囲内のことを規定したもので、やはり売渡手続の細目を定めたにすぎず、自創法に違反するところはないとも考えることもできそうである。この考え方によれば、知事が売渡を保留することは右規則第七条の二の三の規定をまつまでもなく自創法のみとめる知事の裁量権の範囲内ではじめから適法にできることであり、同条はかえつてその裁量権に一定の制限を加えたものと解することによつてその制定を意味づけることができるということになる。しかし、自創法第一条は「自作農」を「急速」に創設することを同法の目的としてかかげ、その「急速」の要請がいかに強く同法を貫いているかは、同法第七条第八条第四十七条の二等規定の上にも十分明らかであるのみならず、その実施のあとにてらしても当路者および一般にひとしく疑のないところであることから考えれば、知事は自創法により農地の売渡計画が都道府県農地委員会により承認された後はその売渡処分を遅滞なく行うべき職責を課せられているもので、都市計画上の利益衡量など自創法以外の立場から相当の期間売渡処分を保留するがごとき裁量権を与えられているものとは解することができない。従つてもし命令により、知事をして売渡処分を遅滞なく行わしめるため適当と考えられる手続規定、たとえば売渡計画の承認があつた後十日とか一月内に売渡通知書を交付すべき旨の規定を定めたとすれば、これはまさに自創法第十六条により「命令の定めるところ」に委任された手続の細目を規定したものと解することができよう。しかし、これと反対の方向に向つて知事の売渡処分の遅滞をみとめるごとき命令の規定は、右第十六条の委任のまつたく予定するところではないとせねばならない。そうすると、右規則第七条の二の三の規定は自創法のみとめない裁量権を新たに知事に与えた規定であり、法律の委任にもとづかず、しかも法律の規定するところに変更を加えた規定で、まさしく違法であり従つて無効の規定であると解するほかはない。かくのごとき事項は、まさに法律の改正によつて規定すべきで、省令などでひそかに変更すべきものではない。
そもそも、規則第七条の二の三は、同条により売渡を保留された農地について、使用目的の変更を相当とみとめたときはいかなる措置をとることを予定しているのであろうか。耕作以外の目的のためにただちに国自身が使用しまたは第三者に売渡して使用させるとすれば、これは自創法による農地買収を他の目的のために利用する結果となり、国による一種の脱法行為で、明らかに違法な措置といわねばならない。従つて使用目的の変更を相当とするときは、買収処分を取消すことになるであろう。そこで、売渡の保留は買収処分の取消のためにそなえた措置であることになるが、そのための買収処分の取消はいうまでもなく買収処分を受けた農地の所有者の利益を保護する所以である。なるほど、買収後五年や七年ではやくも買収された農地が宅地となつたりするものとすれば、もとの所有者の立場を十分かえりみる必要があろう。その点の配慮に出たものと考えれば、規則第七条の二の三の規定の政策的な意図はうなずくに足るものはあるといえる。しかし一方、売渡を保留された農地が将来やはり売渡されることになつた場合を考えると、その保留期間中自創法の意図に反して耕作者をいたずらに不安定な立場におき農業生産力を停滞させる結果となることが十分予想されるわけであるから、そのような措置は、やはり施行令や施行規則などでまかなうべきではなく、必要ならば自創法自体で明確に、そして政策的にいえばもつと一般的に規定されねばならなかつたものだとしか考えることはできない。そうすると、規則第七条の二の三の規定は自創法第十六条第一項の委任の範囲を超えたもので、その規定の内容上同法第一条第十六条第一項に違反した無効の規定であるとしなければならない。
これについて被告は、規則第七条の二の三の規定は連合国最高司令官の指令たるハーデイー氏の覚書に基いて制定されたものであると主張し、もしそうだとすれば自創法の規定に違反するとしてもこれを有効と解すべき余地があることになるが、当裁判所が職権をもつて調査した結果によれば、被告の主張するハーデイー氏の覚書なるものは連合国最高司令官の指令ではなく、規則第七条の二の三の規定は特に直接連合国最高司令官の指定に基いて制定されたものでないことがみとめられるので、この点の考慮においても、同条の規定を無効とする前段の結論に変更を加うべきところはない。
従つて被告が右規則第七条の二の三に基いてなした本件売渡保留処分は、規則第七条の二の三の規定が上述の通り無効なのと同様、自創法第一条第十六条第一項に違反する違法の処分であるといわねばならない。
よつてその余の判断を省略し、原告の請求は全部正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 麻植福雄)
(目録省略)